2013年5月21日火曜日

亜熱帯のイタリア式邸宅「ビスカヤ・ミュージアム」


マイアミの海はどういう訳かバスク湾(ビスケーン・ベイ、Biscayne Bay)という名前。スペイン、フランスのバスク地方は船乗りが多かったそうなので、かつてバスク人たちが新世界探検家(征服者)を乗せて船でフロリダにやってきたのかもしれません。この海沿いに、同じく「バスクの」を意味する「ビスカヤ」(Vizcaya)という名のお屋敷があり、広い庭園とともに博物館として一般公開されています。

本館西側ファサード



迎賓館として使われることもあり、欧州の王族を迎えたり、レーガン元大統領とローマ法皇ヨハネ・パウロ二世の会談、FTA調印式の会場にもなったとのこと。また現在公開中の「アイアンマン3」には悪人のアジトとしてチラッと登場しているそうです。
海に面したあずまや
周囲はマングローブ
「Vizcaya」はシカゴの富豪ジェームズ・ディアリング(James Deering, 1859-1925)が冬の別荘として1914年から2年かけて建設、欧州の職人たちと、当時のマイアミの住人の10%が工事に動員され、さらにバハマなどから労働者を迎えたそうです。プロジェクト全体の監督はフランスで絵画を勉強したPaul Chalfin、建物の設計はF.Burrall Hoffman、作庭はコロンビア出身のDiego Suarezに任されました。
小庭。装飾品にはローマ時代(2世紀)のものも。
驚くのはその懐古趣味。建物と庭園はイタリア風。本館のインテリアは部屋ごとにスタイルを変え、応接室は新古典様式、リビングはルネサンス様式、音楽室はロココ様式、客室はビーダーマイヤー様式(←これはけっこうマニアック。帝政オーストリアで一時的に流行)…という具合。(本館は残念ながら撮影禁止。)
サンゴ岩と貝殻のグロット(人工洞窟)
各部屋に合う時代のアンティークをヨーロッパで買い付け。たとえばルネサンス様式の部屋には15世紀のタペストリーがあり、スペイン国王フェルディナントの祖父の所有物だったとか。フェルディナントは妻イザベラ女王とともにコロンブスを新世界に送り出した人物です。食器も欧州メーカーに注文。発注した品を乗せた船がタイタニック号だったため海に消え、再発注したこともあるそうです。
あらいぐま?
デザイン、調度品からは旧世界への傾倒ぶりが窺えますが、電気、水道、電話などの近代的インフラはあります。また、ヨーロッパ一辺倒かと思いきや、フロリダらしさを表す椰子、船などのモチーフがインテリアにちょこちょこ紛れています。庭園は形式こそイタリア風ですが、マングローブや蘭、サンゴ岩など地元の素材をふんだんに取り入れています。サンゴ岩はマイアミでよく見る建築素材です。なお庭園はかつては広大な面積で農場もあり、そこでとれた牛乳や卵を食事に供したそうです。まるでマリー・アントワネットのプチ・トリアノン宮。
本館海側ファサード
海へのアプローチ
Vizcayaでもっともスペクタクルなエリアは、本館の海に面した部分でしょう。海側にひらけたロッジア(開廊)から海を眺めると、難破船のようなバロック様式の防波堤が目に入ります。防波堤を飾る柱や彫像が陸→海へのパースを強調し、えらく劇的な眺めを演出しています。いまにも海からボートに乗ったジェームズ・ボンドが登場しそうな雰囲気。なお防波堤を彫った彫刻家はA.スターリング・カルダー。なんとモビールで有名なアレクサンダー・カルダーの父だそうです。一代かわるだけでなんという作風の違い。
カルダー(父)作、パーティ会場にもなるという防波堤
カルダー(息子)はこんな作風。(2011年Art Baselにて)
庭園奥の人工の丘にたつカジノという建物(カジノは元々イタリア・ルネサンス期の小建築を意味するそうです)からは庭と屋敷が見渡せ、どこからか移植したであろう大木に囲まれた小さな広場があり、こちらもなかなかドラマチックです。マイアミの地形は起伏がほぼ皆無で、こうした小高い場所に登るというだけで新鮮な気分になります。意図的ではなさそうですが、丘の裏がやや廃墟っぽいのもいい感じです。
人工丘からの眺め
人工丘の上にあるカジノ(小建築)
カジノ内部
屋敷にはお客を迎える応接室、食堂、多くのゲストルームがありますが、残りはオーナーの部屋と、使用人の部屋。つまり身内が住む場所がない。オーナーのディアリング氏は生涯独身だったそうです。庭園が完成した4年後に死去。なにか儚く、謎めいていますね。この映画のセットのような邸宅と庭、ディテールはけっこう荒いんですが、何も無かったところに疑似ヨーロッパを現出せしめる、というオーナーの執念を感じ「さすがディズニーランドを発明した国の文化」という印象でした。

廃墟感ただよう丘の裏



Vizcaya Museums and Gardens
3251 South Miami Avenue, Miami, FL33129
見学だけでなく結婚式などプライベート・パーティに貸出可能。
金融街ブリッケル(Brickell)の隣、ココナッツ・グローブ(Coconut Grove)の端。
公共交通ではBrickellから出ている無料のトロリー(Trolley)のBrickellルートが、入口の近くまで来ているようです(乗車未体験)。メトロレール(Metrorail、鉄道)のVizcaya駅もありますが、こちらは路線内でも乗降客が極小の駅なので、安全面はどうかなと思います。


ジェームズ・ディアリングの異母兄、チャールズ・ディアリングのフロリダ旧居もあり一般公開されています(未見)。
Deering Estate at Cutler

参考資料:
現地のウォーキング・ガイド・ツアー(ボランティアの方がガイドしてくれます。無料)
Vizcaya Museums and Gardens リーフレット(現地で買えます)
「マイアミの休日 MIAMI, KEY WEST & CARTAGENA GUIDE」(バリオス陽子、主婦の友社)


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