2013年12月11日水曜日

海辺の美術館ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ開館


2013年12月4日、旧マイアミ・アート・ミュージアムのコレクションを元に、ダウンタウンのウォーターフロントに「ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ」がオープンしました。ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計した建物も話題を呼んでいます。



美術館概要
ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ(Perez Art Museum Miami、略称「PAMM」) は、ダウンタウンの「Government Center駅」の近くにあった小さなマイアミ・アート・ミュージアム(Miami Art Museum)が移転、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計の新しい建物を得て再開した美術館です。2013年12月のアート・フェア開催週にあわせて開館しました。展示作品は20世紀・21世紀の米国、ラテンアメリカ、カリブにゆかりの深い美術が中心。
正面

PAMMになってからは半官半民で建設・運営することになったようで、新美術館のコストは2億2千万ドル(建設費プラス、コレクション費と思われます)。マイアミ市が土地を提供し、マイアミ・デード郡が1億ドルを負担、残りを民間の寄付や寄贈でまかなうという内訳です。PAMMの隣は、科学博物館がPatricia and Phillip Frost Museum of Scienceとして移転してくる予定で、こちらは現在工事中、2015年開館予定です。また一帯は、もともとBicentennial Parkという公園でしたが、美術館のオープンにともない「Museum Park」という名に変わりました。
正面入口。背後は科学博物館の工事現場

ロケーション、建物、ランドスケープデザイン
PAMMはプロバスケットボール・チーム「マイアミ・ヒート」の本拠地「アメリカン・エアラインズ・アリーナ(American Airlines Arena)」から数百メートル、アメリカの国道1号線US1と海に挟まれた土地にあります。マイアミでは海に開けたパブリック・スペースは案外少なく(個人住宅やホテルに占められているためと思われ)、希有なロケーションと言えましょう。
海に面したロケーション

建物やランドスケープのデザイナーには豪華布陣を配しており、下記のようになっております。

館設計: スイスのヘルツォーク&ド・ムーロン
(Herzog & deMeuron、北京オリンピック「鳥の巣」ロンドン「テート・モダン」改築など。実際のデザイン、監督は同設計事務所のChristine Binswanger

植栽: フランスの植物学者パトリック・ブラン
(Patrick Blanc、パリ「ケ・ブランリー美術館」など)

前庭 (Knights Plaza) :アメリカのフィールド・オペレーションズ
(Field Operations、ニューヨーク「ハイライン公園」など)

パトリック・ブランによる「垂直の庭」(まだ未完成)
前庭「Knights Plaza」

実際に行ってみると、下記のニューヨーク・タイムズの記事にもありますが、隣が工事中のせいで舞い上がる土ぼこりのなか「本当にこの先にあるのだろうか...?」と若干不安になりつつ到着するという具合です。

Miami Museum's Challenge: The Beach (New York Times、2013年12月4日)

到着してみるとまだ1/3くらいは工事中、パトリック・ブランの「垂直の庭」も一部はまだただの茶色い柱。建物は高床式で、入口がある1階が、通常の建物の2階くらいの高さにあります。これは洪水時の浸水を避けるためだそうです。ハリケーンが近づいたら浸水はあり得ることです。また窓はハリケーンに耐える強く重いガラス製だそうです。1階と2階の展示室は完成していますが、1階の下の駐車場およびライブラリーなどが入る3階はまだ工事中で、見ることができませんでした。
開館後も工事が続く

建物はひさしを大きくとってあり、椅子が置いてある屋外のパブリック・エリア(ピロティと言うのでしょうか)で快適に過ごせるようになっています。日差しが強いマイアミで、来場者が涼しく寛げる工夫がなされています。外部・内部ともにコンクリートと木材を組み合わせたデザインです。
コンクリート+木のひさし
屋外のパブリックスペース

1階と2階をつなぐ階段の横は、階段教室のように座れるようになっており、正面に大きなスクリーンがあります。レクチャーや映像作品の上映に使うのだと思います。私が行ったときには、企画展に関連した映像を流していました。
階段
階段正面のスクリーン

下記の動画で、設計事務所のジャック・ヘルツォーク氏がPAMMについてコメントしています。
Herzog & de Meuron is "Deconstructing Stupid Architecture" in Miami 
(Dezeen.com 2013年12月7日)
http://www.dezeen.com/2013/12/07/movie-jacques-herzog-perez-art-museum-1111-lincoln-road-miami-herzog-and-de-meuron/


ヘルツォークさん、なかなか毒舌でして、「(マイアミで)いちばん有名で土地に根ざしたスタイルはオーシャン・ドライブのアール・デコ建築だが、わりに下らない建築だ。ブラインドボックス(※カーテンボックスのようなものでしょうか)をケーキやお菓子のように飾り立て、エアコンのせいで内側と外側に激しい差が生じている」「これは非常に北米らしい建築で、ここの驚くべき条件である素晴らしい気候、みずみずしい植物、海辺、太陽と無関係だし利用しようとしていない。我々はこれを再構築する建築をやりたかった。こうした構造を開放して、透明性、あるいは浸透性のあるものにしたかった」(以上、意訳)と言っています。

ついでに自身の手掛けたマイアミ・ビーチの立体駐車場「1111 Lincoln Road」にも言及し、「ただの下らないガレージだ。だが我々がやった新しいことは、建物の高さを2倍にし、各階の高さに変化を付けたり、変化のあるスペースを作れる可能性をひらいた」とのことです。「Stupid(下らない)」が口癖のようです(笑)。
マイアミ・ビーチの「1111 Lincoln Road」。Art Basel 2013期間中に撮影。パーティ会場になっていた様子


コレクション
PAMMのコレクションは前身のMiami Art Museumのコレクションを引き継ぎつつ、新たに民間からの寄贈を受け入れています。コレクションを展示するGallery(展示室)は1階と2階にあり、いずれも、前身の小さなMiami Art Museumとは比べようもなくゆったりとスペースを取った展示。主に20世紀と21世紀の美術で、米国、ラテンアメリカ、カリブにゆかりの深い作品が中心です。もともとさほど多くのコレクションを持っていなかったので、規模は中程度ですが、そのぶんじっくり鑑賞できます。キャプションがすべて英語・スペイン語併記なのがマイアミらしいところです。
1階ロビーの展示。ガイアナ系英国人Hew Lockeのインスタレーション
前身のMiami Art Museumには、日本でもヒットしたドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」の主人公ヴォーゲル夫妻から寄贈がありました。しかし現在展示中のものに含まれているかどうかは、定かではありませんでした。(訂正:リチャード・タトルが展示中と書いておりましたが、再訪して確認したところ、展示してはいないようです。どうもアート・バーゼルの展示と混同してしまったようです。失礼しました。)

1階展示室。フロリダをテーマにした作品
2階展示室
2階展示室。3階まで吹き抜けのスペース
コレクションに関しては、下記のマイアミ・ヘラルド紙の記事によれば、美術館の建設が進むにつれ、寄贈が増えていっているとのことです。寄贈者が「企画倒れではないんだ」と安心したのかもしれませんね。実際、昨年はまだ更地に近い状態でしたから。

More gifts pour in as Perez Art Museum Miami prepare to open 
(Miami Herald、2013年11月20日)


2階、写真展示室。作品にはキャプションが無いのですが…(下の写真へ)
タブレットで作品説明を見ることができます。画像のレイアウトが、実際の展示と同じ。
2階、グラフィック系作品の展示室


企画展
2階の一部は企画展のスペース。記念すべき第一回の企画展は、中国のアーティスト艾未未の「Ai Weiwei: According to What?」。東京の森美術館が2009年に企画した「アイ・ウェイウェイ展 何に因って?」のアップグレード版です。マイアミで中国人アーティストを扱うのは、それも新美術館のオープニングで大きく取り上げるのは珍しいことだと思うのですが、同じ日にプライベート・コレクションを公開している「Rubell Family Collection」でも中国現代美術の企画展をスタート。現在、中国アートに関心が集まっているのかもしれません。
2階、「Ai Weiwei: According to What?」展
2階、「Ai Weiwei: According to What?」展

ギフトショップ、レストラン
Miami Art Museumのときから、ギフトショップ(ミュージアムショップ)は扱うものがかなり良かったのですが、広く明るく、ディスプレイも美しくなりました。日本のかわいい雑貨もいくつか見かけました。
ギフトショップ
ギフトショップには震災後の東北の写真集も。

館内にはフィラデルフィアの経営者によるレストラン「Verde」があり、可愛らしい内装。一番安いバーガー系のランチで、20ドル以下(税・チップ含む)でした。このロケーションにしては、リーズナブルかもしれません。カフェテリアもあり、こちらはテーブルはなく、カウンターで飲み物やスナックを購入して、屋外のベンチで飲食可能のようです。
レストラン「Verde」

ペレスさんて?館名の由来
これまでマイアミには公立の大きな美術館というのはなく、個人のコレクションを元にした私立美術館に近いものや、大学内の美術館(これも個人コレクションが基礎)など小ぶりなものがほとんどでした。通年で人がいる都市ではなく、リゾート地のせいでしょうか。そんな状況下で、PAMMは今後マイアミを代表する美術館になるのは間違いないでしょう。しかし半官半民でありながら館名にペレスという名前が付いており、一見、私立美術館のよう。

PAMMの名称にその名が見えるホルヘ・ペレス(Jorge M. Perez)氏。Wikipediaによればキューバ人の両親のもとアルゼンチンで生まれ、コロンビアを経てマイアミに移り住み、アメリカや世界各地で不動産開発をおこなうThe Related Companiesを共同創業。マイアミで多くのコンドミニアム(マンション)を建設しているディベロッパーで「熱帯地方のドナルド・トランプ」と呼ばれることもあるそうです。また政治分野でも力があり、民主党の大統領候補(ビル&ヒラリー・クリントン両氏、オバマ氏)の資金集めに尽力したそうです。同氏はPAMMの筆頭寄付者で、キャッシュと自身のラテンアメリカ美術コレクション併せて4000万ドル相当の寄付・寄贈をしました。
入口に掲示された貢献者リスト。2段目にペレス氏の名前。

たしかにその寄付・寄贈規模はすごいものがありますが、なにしろPAMMは税金で負担している部分のほうが多く、また匿名の人も含めて多くの人が寄付・寄贈をしているため、館名にペレス氏の名が付くことには反発が起き、幾人かの美術館運営委員が抗議の辞職をするなど、波紋を呼びました。2013年4月のマイアミ・ニュー・タイムズ紙の記事では、ペレス氏寄贈コレクションの質にも疑問が呈されています。しかし結局、どういう経緯でかは不勉強で分かりませんが、ペレス氏の名を冠した美術館になりました。前述ニューヨーク・タイムズの記事ではそこらへんのことにちょこっと触れています。

館の命名に関してはうさんくささが付きまといますが、マイアミにいらしたら一見の価値はある新名所だと思います。

Perez Art Museum Miami 公式サイト
※毎月第1木曜日、および第2土曜日(13:00〜16:00)は、無料開放するそうです。屋外、レストラン/カフェテリア(たぶんギフトショップも)は入場料不要。

関連エントリー:
※「1111 Lincoln Road」について書いています

小ネタ:マイアミの個人アートコレクション
※「Rubell Family Collection」について書いています


参考映画:
1. 「ハーブアンドドロシー ふたりからの贈り物」(佐々木芽生監督、2013年)
「ハーブアンドドロシー」の続編。つつましいお給料でこつこつと美術を集めた元公務員のヴォーゲル夫妻、ワシントンの国立ナショナルギャラリーにコレクションを寄付したものの、膨大すぎて美術館が受け入れきれず、全米各地の美術館にも寄贈することに。PAMMの前身にも寄贈されています。(残念ながら未見)

予告編(YouTubeのdorothy herbチャンネルより)



2. 「アイ・ウェイウェイは謝らない」(アリソン・クレイマン監督、2012年)
中国に住んでいたアメリカ人監督が、2年間アイ・ウェイウェイに密着したドキュメンタリー。テンポがよく面白い映画です。「Ai Weiwei: According to What?」展の予習に見ておくと、とてもよく作品が理解できます。同展覧会にはこの映画に登場する作品がたくさん出展されています。


予告編(YouTubeのkinofilmswebチャンネルより)

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