2017年4月2日日曜日

映画「ムーンライト」 異例の前倒し&上映館拡大で日本公開はじまりました


アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演男優賞を受賞した「ムーンライト」。2017年3月31日に日本でも公開が始まりました。当初の予定は4月28日公開、上映館13館(!)、それが公開日は一ヶ月前倒し、上映館は53館に拡大。さっそく見に行ってきました。ネタバレせぬよう気を付けつつ、映画に登場するマイアミについて書きたいと思います。




まず作品全体についてちょこっと。正直にいって万人の共感を得るタイプの映画ではないと思います。マイアミの貧困地帯に生まれたゲイのアフリカ系の少年の話。マイノリティの中のマイノリティの物語といえます。さらに劇中では状況説明があまり無いので、見ている人は「???」となるシーンもあると思います。(筆者もよくわからないところがいくつかありました。)また一種のご当地ムービーとも言えるので、マイアミの人ならば「こんな意味が込められているんじゃないか」と気づく場面も、そうでない人には見逃されてしまうのでは。

しかし多くの映画祭で高い評価を得た「ムーンライト」、当然登場人物たちとはまったく境遇の違う大勢の観客たちの心をぐっと掴んだからであるはず。ではどういうところが?それはやはり、人間を描いた作品だからではないかと思います。それもとても美しく、余韻を残して。

映画「ムーンライト」日本オリジナル予告(ファントム・フィルムYouTube公式チャンネルより)

映画評論家の町山智浩氏はこのように言っています。
「で、この男の子は黒人で貧乏で、ものすごく貧しいんですけど。さらに、ゲイっていうことで、ものすごいいじめられて育っていくんですね。そう聞くと、「貧乏で黒人でゲイ」っていうと、すごく日本の観客の人からは非常に遠いものになってくるじゃないですか。一般の観客の人からは。そういうことじゃないんだっていう話をちょっとしたいんですけれども……」
「町山智浩 映画『ムーンライト』を語る」より
(miyearnnZZ labo、2017年1月10日)


筆者は寄る辺ない子供の不安な気持ちや、大人になった主人公の感情、それを表す美しいシーンなどに心を揺さぶられました。見る人によってぐっと来るポイントは様々なのではないでしょうか。先に状況説明があまり無いと書きましたが、それも非常にパーソナルで、リアルな感触を作品に与える演出なのだと思います。映像、音楽、役者の演技も素晴らしいです。またバリー・ジェンキンズ監督は香港のウォン・カーウァイ監督作品が好きで、その影響が随所に見られました。「ブエノスアイレス」に至っては劇中にはっきりとオマージュがあり、監督と同世代(いま40歳前後)の映画好きの観客は心を鷲掴みにされること間違いありません。

さて映画のおもなロケ地はマイアミの貧困地区といわれるリバティ・シティです。筆者はリバティ・シティに行ったことがないので語ることはできませんが、マイアミにはこういう壁が明るい色の平屋の家がたくさんあったなあ、と思い出しました。下の写真にあるような住宅です。映画を観る前はなんとなく団地のような場所を想像していたのですが、そういえばマイアミにはそういう建物はあまり無いのだった。おそらくハリケーンに強い平屋がスタンダードなのでしょう。



マイアミらしいイメージの青い海に青い空は「ムーンライト」には登場しません。映画に映る光や海は白っぽい。この白さもなんかわかります、マイアミは直射日光が強すぎるせいなのか、砂が白いからなのか、明るすぎて白っぽく見えるときがある。そして夜の光は街灯の色のオレンジ。なお光の表現にはたいへん細やかなカラー調整を施したそうでして、詳しくは前掲の「町山智浩 映画『ムーンライト』を語る」をぜひお読みください。



映画のタイトルにもなっている月の光は、マイアミでは強烈です。なぜか日本で見る月よりも輝きが強かった。写真は夜の海辺のシーンを撮影したのはこの辺じゃないかな、というエリアのもの。サウス・ビーチの15th Streetから北のあたりです。観光地であり、大型ホテルが立ち並ぶ地区です。




高校生時代の主人公らが海辺から自宅へ車で移動するシーンでは、79th Streetを通ってるのではないかと思われます。実際にサウス・ビーチからリバティ・シティに行くにはそういうルートになると思います。リアルですね。79th Streetは、日本人が経営しているマイアミ唯一の日本食料品店「Japanese Market」があり、在住の日本人にはお馴染みの通りでした(調べたところ、2017年3月20日に閉店した模様…淋しいことです)。この通りはマイアミビーチからマイアミ本土側まで東西に走っており、本土がある西に行くにつれ、荒れた雰囲気になっていきます。幹線道路であるBiscayne Boulvardとの交差点にビルがあり、そのビル(写真)がちょこっと映っていたと思います。ほかに背の高い建物がないので、目立つのです。


監督のバリー・ジェンキンズはマイアミにいた少年時代、メトロレイル(高架鉄道)に乗るのが好きだったから映画でも使おうと思っていたとインタビューで話しています。実際に映画に登場していたのは、メトロレイルではなくメトロムーバーでした。メトロムーバーはマイアミのダウンタウンを走る無人のモノレールのような乗り物。行き場を失った貧しい少年が乗るにはメトロムーバーのほうがふさわしいといえます。というのもメトロムーバーは無料だから。それゆえホームレスの人もよく乗っていました。

メトロムーバー

メトロムーバーのOMNI (= Adrianne Arsht Center)駅

ただメトロムーバーは北部のリバティ・シティ近くは走っていない(メトロレイルは通っています)。監督はときどきバスでダウンタウンのオムニ(OMNI)地区まで出て映画館に行ったと言っています。映画に出て来るメトロムーバーは、そのオムニを通るOMNI Loop路線でした。

映画の後半、大人になった主人公が乗る車のナンバーが「BLACK305」。万感の想いがこもったナンバーだと思うのですが、ネタバレになるのでぜひ映画をご覧ください。想いの一端を担っている「305」が何なのか分かりにくいですが、これはマイアミ・デード郡の市外局番であり、マイアミの愛称です。アカデミー賞のスピーチで原作者のタレル・アルヴィン・マクレイニーが言っていました、「We’re two boys from Liberty City representing the 305」と。写真はその車が走るハイウェイ。たぶんここらへんなんじゃないかと。フロリダ北部の道路です。


同じく後半の、とても美しいシーンで、キューバ料理のブラック・ビーンズの煮込みが登場します。豆の煮込み。キューバ系移民の多いマイアミではよく目にするサイドメニューです。主人公らはキューバ系ではないのだけど、マイアミという土地を象徴しているのかな、と思いました。写真はNYのキューバ料理店「Cafa Havana」東京店の一皿、右にある黒いのがブラック・ビーンズです。スペイン語のフリホーレス(Frijoles)という呼び方のほうが通りが良いかも。


なお、映画で描かれる1980年代のマイアミは性的マイノリティにとってとても辛い土地ですが、現在のマイアミビーチはLGBTQの人々に人気のある街で、LGBTQによる商工会議所まであります。毎年4月にはゲイ・プライド・パレードが開催され、若い性的マイノリティの子たちをサポートする組織もあります(実は80年代から存在しているようです)。写真は2014年のゲイ・プライド・パレードから。


最初に書いたように、「ムーンライト」は万人向けとはいえないと思います。性的なシーンもありますし、観る人を選ぶかなという気がします。しかし筆者は、誰しもが、不安で心細い気持ちを抱いたり、自分を理解してくれる人との出会いに喜びを感じたことがあるのではないか、と思います。そうしたエモーションを美しくリリカルに描いた作品でした。劇中での説明が少ないため、ネタバレ気味にはなるものの映画を観る前に解説やインタビュー記事を読んでおけばより楽しめると思います。劇場で販売しているパンフに掲載されている監督のインタビューが良かったのですが、残念ながら公式サイトにはありませんでした。下記がおすすめ。

前掲、「町山智浩 映画『ムーンライト』を語る」
(miyearnnZZ labo、2017年1月10日)
※こちらのブログはいつも町山智浩氏のラジオでの語りを書き起こしてくださってて、ありがたいことです。

「光と緑溢れるマイアミを舞台に、居場所を求める孤独な少年の成長を描く『ムーンライト』の世界│NYタイムズ動画+記事」
(クーリエ・ジャポン、2017年3月31日)

映画「ムーンライト」公式サイトの「プロダクション・ノート」

英ザ・ガーディアン紙による原作者タレル・アルヴィン・マクレイニーのインタビュー(英語)
(The Guardian,、2017年2月5日)
https://www.theguardian.com/film/2017/feb/05/moonlight-writer-tarell-alvin-mccraney-observer-interview

公開スケジュールや劇場数の変更は異例のことだそうでして、どうして可能になったのかは、以下の記事を読んでなるほどと思いました。
「祝オスカー!で『ムーンライト』が日本公開を前倒しできた、いくつかの理由。劇場数も4倍に」
(Yahooニュース、2017年3月3日)


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